夢花

しゃべる女

それから私達はしばらく無言で食事を頬張った。



誰もが空腹で誰もが疲れていた。



「私、美奈って言うの。」



食事も終盤にさしかかった頃、突然、女性がしゃべり始めた。



「これでも日本でも5本の指に入る短距離走の選手だったのよ。」



ほお。自慢話か。



「小学生の頃からずっと陸上をやっていたの。私の足の早さは群を抜いてすごかったわ。誰もかなう人はいなかった。」



初対面の集まりだけに会話もなかったので、美奈の話にみんなは耳を傾けた。



「へえ。今はやってないのですか?」



さっきキッチンで料理をしていた50代くらいの男性が尋ねる。



「ええ。止めてしまったの。ケガをしたから。」



美奈はジュースを一口飲んだ。



「あの頃はよかったわ。中学・高校と私は誰よりも早かった。」



さらに美奈は続ける。



「小学校の頃、運動会の日に風邪を引いてしまってね、それでもどうしても参加したくて高熱にもかかわらず走ったの。その日ぐらいしかヒーローになれるチャンスがなかったんだもの。」



そう言って楽しそうにケラケラと笑った。
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