伸ばした手の先 指の先
12歳、10月
後輩以上恋人未満
一人の薄暗い帰り道にも慣れた。
月初めの空には円に近い月。星が白くかすむ。
無意識のうちに右手首を掴んで、今日の練習の復習をする。
「何してるんですか」
「あ」
空き地でうずくまっていたのは大辻先輩だった。
「靴紐。最近よくほどけるんだよ」
「右ですか?」
「そう」
さりげなく先輩のサブバッグを持つ。
「左じゃなくてよかったじゃないですか」
「なんで?」
「左の靴紐がほどけると、失恋するらしいですよ」
「やめてよ……」
うちの中学の校則で、登下校と体育のときの靴は白い運動靴と決まっている。
「あれ?サブバは?」
黙って、先輩のサブバッグを持ち上げてみせる。
「ありがとう」
「いいえ」
手渡すとき、一瞬だけふれあった指先。
でもそこにはもう、期待込めた熱はない。
楽器は違えど良き後輩として、卒業の日まで大辻先輩を支えたい。
ほのかな憧れはまだ消えないけれど。
それで、いいんだ。
「帰ろ」
「はい」
久しぶりに肩を並べた帰り道。