伸ばした手の先 指の先

 演奏開始は午後2時。

「琴音ー!」

 クラスの友達が何人か見に来てくれた。

 ソロの周辺だけもう一度リハーサルして、あたしはふう、と息を吐いた。

 ちらりと大辻先輩を見ると、薄紫のタオルで辛そうに顔をあおいでいた。

「大丈夫かな……」

「誰?気になる人でもいる?」

 葵先輩にからかわれた。

「いえ……」

「もしかして、柚季?」

「ち、違いますよ!」

 首を横にぶんぶん振って否定。

 はっ。

 ここまで強く否定したら、先輩に失礼になってしまう。

「顔、赤いよ?」

 思わず頬を押さえる。

 楽しそうに笑った葵先輩。

 

「あと20秒で本番!」

 顧問が呼びかける。

 そちらを見やり、弦にはさんでいた弓をとる。

「10、9、8、7」

 部員がおしゃべりをやめて、楽器を手に指揮者を見つめる。

「5、4、3、2、1」

 芝居がかって両手をあげるしぐさがなんともバカバカしいが、弓を弦に当てる。

 

 特にミスった曲もなかったし、初演奏は成功。

 時折吹く風で楽譜がめくれるのは昨日のリハーサルでわかっていたから、ちゃんとクリップで留めていたし。

 部活が終わってからお祭りに行こうと友達に誘われたが、あまりに疲れていたので断った。

 今日は家に帰ったらすぐに冷たいシャワーのお風呂に入って、冷えたミルクティーを飲みながら読書でもしようかな。
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