ヒワズウタ ~ユヅキ~
「明日、うちで、ゴハンでも食べようか?」
何も知らない彼女は静かに頷き、
喜びの色を湛えた瞳から、大粒の涙を流した。
時間も遅くなっていたので、明日のことを話しながらアパートの前まで送った。
「早く寝るんだよ。」
そう言って、彼女の頭を撫でる。
「はい。明日は、残業にならないようにしてくださいね。
おやすみなさい。」
ちょと、意地悪に笑って、彼女は、アパートの部屋に帰った。
残業?
明日は土曜日だから休みなのに。
もしかして、夏休みだから忘れてるんだろうか。
それより、明日は、何を作ろう。
確か、お母さんが作ったオムライスが一番好きって言ってたっけ。
・・・お母さんのオムライス?
何味だっ?!
ケチャップ?
デミグラスソース?
それともホワイトソース?
・・・こんな風に誰かのことを思うのは、どれくらいぶりだろう。
最後に、自分以外の人間のことを、こんな風に思ったのは・・・。
夜風が頬を拭う。
自分の足音が夜の空気を揺らす。
薄い月明かりの下、
冷えた左手が求める人は、
もういないのに。