あなたが私にできる事
傘の柄の部分には“カズキ”と油性マジックで書かれていた。
どこにでもあるビニール傘に律儀に名前を書いてあるなんて。
私はクスクスと笑いを止められなくなった。
近寄ったこともない特進クラスの教室に行った。
生徒はまばらにしか残っていない。
その中に“カズキ”は見当たらなかった。
私はいつもギリギリまで塾に居残っている。
前回“カズキ”が傘を貸してくれた日もだ。
だから彼も遅くまでここにいる気がした。
他に生徒が残れる場所は自習室しかない。
重い扉を開くと足音一つ許されない静かな空間が広がる。
張り詰めた緊張感。
ここも生徒の数は少なかった。
その中に見覚えのある後ろ姿を見つけた。
柔らかそうな黒い髪。
少し丸まった背なか。
椅子に掛けられた重たそうな鞄。
彼は一分の隙もなく机に向かっていた。
「カズキ…くん…?」