あなたが私にできる事
その時、私の頭の中には和希の顔が浮かんでこなかった。
そうやって過去は風化されていく。
「で?どうして別れたの?」
「大切なものを追いかけるため…かな?」
彼は冗談めかして言う。
「どういう事?将来の夢とか?」
「うーん。ある意味そうかな。」
歯切れの悪い答えだった。
だけど見て見ぬふりをしよう。
それはいつも山口くんが私にしてくれていることだから。
触れて欲しくない部分には一切触れてこない。
そんな風に私と接してくれる彼に少し感謝していたから。
「そうだ!」
彼は話をそらす様に明るい声を出す。
「家の池にさ、亀いるんだ。もちろんウミガメじゃないけど。よかったら今度見においでよ。」
「亀に興味ないって…。」
静まりかえるバスの中はエンジンの音がやけに響いて聞こえた。
周りは疲れ果てて寝ている。
誰に邪魔されることもなく、私たちはとりとめのない会話をし続けた。