endorphin
 漆黒のボディにそっと指を這わせる。まるで道端の子猫を撫でるような手つきである。
 そのままゆっくりと、彼女はピアノにもたれ掛かった。絹のような柔らかな黒髪がさらさらと溢れていく。そっと彼女が目を閉じた。
 綺麗だった。長い睫毛、赤い唇、ピアノを這う細い指。すべてがガラス細工のような繊細さを誇り、細かなところまで配慮された美しさは美術室に並ぶ純白の石膏像を思わせた。
 きゅう、と心臓を掴まれたかのような胸苦しさ。目を離すことができない。
 そのとき、彼女の薄い唇が開いた。
「……ただいま、父さん」
 ぽつりと彼女はそう言った。
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