僕らは、何も知らない
後輩や先輩達に腹を抱えて笑われ、その後いつも通りの練習。
何か通常の三倍疲れたぞ。
誰かのせいにはしないけど……。
「腹減ったあー」
雛森も同じようなこと言ってるだろうな。
音楽室から聴こえてくる楽器の音に反応してしまった。
そういやあいつ、何の楽器やってんだろ。
明日訊こ。
◆ ◆ ◆
帰ってきてすぐ自分の部屋に鞄を降ろし、リビングのソファにダイブした。
「天」
「……なんだよ母さん、そんな怖ぇ顔して」
母さんの右手には包丁。
いや、料理中だったんだろうけど、殺される……じゃない、怒られるような覚えはないぞ。
「ミヨコさんにまた冷たくしたんだって?」
ミヨコさんとは勿論さっきのおネエのことです。
母さんと葵西さんは結構仲良いから──で、あの野郎、チクりやがったな。
「ミヨコさんはあんたの良き相談役なんだから、大切に扱いな。結構イイヒト族なんだから」
高校生真っ盛り健全男子の相談役をオカマに任せる親ってどうなんだ! あの人のメアド勝手に入れられた時はマジで消そうか悩んだぞ!
「んー……わーったよ」
まあ──葵西さんがイイヒト族なのは嫌でも否定できない。人生経験豊富な人だから……って、やっぱあの人二十代とか鯖読んでて実は四十代とかなんじゃねえか。
「……勉強しよ」
「優等生維持は大変だわね」
親らしくないことを言う母上。
「そうっすよ」
そう嘯いて立ち上がり、自分の部屋にずるずると向かった。
俺の部屋の窓から、隣の家──つまり雛森家の部屋が見える。
今は空き部屋らしい。