僕らは、何も知らない
「『雛森』……」
……というと、あいつか、雛森天(ひなもりてん)か。
吹奏楽部で、結構普通の女子だ。普通って言うのは偏見かもしれないが、あまり喋ったことがないのでよく知らない。
確か家も──隣だった気が。でも登校する時刻も違う訳で、すれ違うこともない。
でも、仲良く出来れば良いか。
「昴、お前どうだったんだ?」
すぐ側にいた昴に話しかけると、奴は満面の笑みで振り向いた。
「また俺達同じ班!」
正直自分の席と隣の女子しか見てませんでした。
「あー、そうなんだ」
「冷てえー……天が氷の様に冷てえよー……。でさ! 希望通り隣が唯谷サンになった!」
マジですか。
「へえ、良かったな」
「最高の班! ありがとうアトム!」
「馬鹿、声でかいぞ」
俺も実はちょっと安心した。喋った事がない奴ばっかりの班だとなんか息苦しいし。
ふと掛け時計を見ると、針は八時ニ十五分を差していた。この学校は朝とテストの時しかチャイムが鳴らないので、みんな時計を見ながら生活している。
皆も時間に気付き、ぞろぞろ席に戻っていく。俺と昴はそれに流される様に席についた。
直後、アトムと副担任の先生がナイスタイミングで教室に入ってきた。
「今日は朝読書なしで、席の表見たら今から机移動しなさーい」
昴と顔を見合わせると、机を押して窓際へ直行した。
隅っことは、寝ててもバレない、日当たり良好の素敵な場所だ。
つまり!
数学から古文まで面倒な授業も夢の中!
心の中ではしゃぐ俺の目に、腰ぐらいまである黒髪の女子が映った。明るい顔立ちをしている──その子が、雛森天だった。
「うん?」
不意に振り向かれ、目が合ったので会釈した。これは癖だ。