僕らは、何も知らない

    ◆  ◆  ◆

 「神崎くん、また明日ー」
「おう、じゃあな」

放課後。
みんな部活で散り散りになる頃。
雛森に軽く手を振ると、後ろから何か企んでますという顔をした昴が声を掛けてきた。
 「おい──おいおいおい、神崎氏ぃ〜」
「……なんだよ」
「もう雛森天は彼女候補かい? 流石は元遊び人だなー」
ひゅう、と短く口笛を吹く昴。泥酔してるおっさんみたいだぞ。

「遊び人って言うなよ」
まあ、これは事実だったりする。
中学時代の話だが色んな女子に、普通に『可愛い』とか何気なく言ったり、彼女でもないのにキスしたりしていた。
何人も彼女作ったりとか、彼氏がいる女子にキスしたりするほどではなかったが、かと言って、あまり良い思い出ではない。

 「まあ、お前は黙ってるだけで女子が密かに黄色い声をあげるモテ男だったけどな」
「言うなって……ったく。で、昴はどうなんだよ」
「ぐほっ?!」
昴が飲み掛けていたお茶を吹き出した。

「む、麦茶返せ!」
「そんなつもりで訊いたんじゃねえけどな……」

「え、ええと、唯谷さんね」
乱暴に口元を拭い、昴はようやく落ち着いた。

「俺の話には笑ってくれてるんだがなあ──」
「……引っ掛かるものでも?」
「素で笑ってないと言うか……無理に笑ってるって訳じゃないみたいだけどな。何か、笑い方が少々ぎこちない、みたいな……?」
「意図的に笑い方変えてるって事か?」
「そ」
「ふうん──まあ、家庭で色々あるんじゃねえのか。母親に内股強制されてる女子とか聞いたことあるし。うん、あんま気にしない方が良いっぽい」
「んー、なるへそ」
昴は納得したようで、ただ頷くだけだった。
 喋りながら校庭に向かう。いつもの事なのに、何かが違う気がした。

    ◆  ◆  ◆

 「腕立て五十始め!」

鏡帝高校野球部。
運動部で一番厳しいらしい。
そんな部に、俺と昴は所属している。


< 8 / 22 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop