僕らは、何も知らない
筋トレは少ないものの、他の練習がとてつもなく多い。
監督は白因幡先生……鬼だ。因幡の腹黒い鬼だ。
 去年の夏、つまり俺達が一年の時の甲子園で予選落ちだったから──余計に厳しい。

 
「はー……」

 腕立て伏せを終え、そのまま運動場の固い砂に身体を沈める。

 「いやァん天ちゃんイケメンが地面に倒れ込んでるって結構見物よぉん!」

甲高い男声がした。

「…………っ!?」

変質者か?!
声がした、道路の方を向く。

 「っ、あ、葵西さん!」
「ミヨコちゃんだってば〜」

名前を呼ぶと、オレンジの短髪を微かに振って軟体動物の如くくねりだす変質者。
否、葵西ミヨコ。
俗に言うオカマ。
 葵西さんはカリスマ美容師(自称)で、近くの高級マンションで一人暮らししている。たまにコンビニでバイトしている二十七歳(自称)。

 「何してんすか」
身体を起こして、砂を払いながら立った。

「あらん、ただの通りすがりよ」

ウインクされた。
うあ……野球部員達の白い視線がリアルに痛い。

「ま、色々頑張ってちょーだい。ご褒美はお兄……おねーさんがちゅーしてあげるっ☆」

「何だよ『☆』って!」
「怒っちゃったー。退却退散、んじゃま、ばいびー」

葵西さんは去っていった。嵐のようなオカマだ。
「…………」
「天、お前とは長いようで短い付き合いだったよ……」
「おい、昴! 誤解だ馬鹿!」


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