馬鹿が飛んだ日
馬鹿が飛んだ日
死にたいのだと、馬鹿は言った。
馬鹿ってのは、いつも近くの公園にやってくる変な野郎のことで、俺はそいつがあまりにも馬鹿なので、そのまま馬鹿と呼んでいる。そいつは地元の高校に通ってるようで、かつて俺も着ていた馴染みの制服をいつも着ている。
「お前、なんで死にたいの」
ある日俺は、ギュッと目をつむったまま全力でブランコをこぐ馬鹿に訊いてみた。
馬鹿は目も開けず、質問に答える気がないのか、儚げに笑うだけだった。そして体を背中から猫背に曲げて体制を変えたかと思うと、いきなりブランコの鎖から手を離して跳び出してきた。制服の男は一瞬宙を舞う。
俺が何してんだ、と思うころにはもう、馬鹿はドスンという鈍い音とともに地面に立っていた。こいつは、馬鹿なくせにブランコジャンプの着地だけはうまい。
「ねえ。君知ってる?こうして目をつむったままブランコから跳ぶとね、一瞬空を飛んでるみたいになるんだ」
地面に着地した馬鹿は、何事もなかったかのような顔でそう言った。そういえば、こいつは俺のことを君、と呼ぶ。
「知るか。てーかお前俺の質問無視すんな」
「ああ。なんで死にたいのかって?」
「そーだよ。自殺志願者なんだろ、お前」
「……君、ジャングルジムから落ちたことある?」
だから無視すんなよ、という言葉を俺は呑んだ。こいつは馬鹿なんだから仕方ない、と自分に言い聞かせる。
「……ねーよ」
「そっか。僕はあるんだけどね、すごい痛いんだよあれ。一瞬死んだんじゃないかなぁって勘違いするくらい」
馬鹿はへらへらと笑いながら、空を見上げた。こいつには、〝死〟について語るとき、空を見上げる癖がある。多分、死ぬイコール空、みたいなイメージがあるんだろう。