馬鹿が飛んだ日

 急遽地理がお開きになって、先生が教室を出た。教頭と一緒にどこかへ行ってしまって、しばらく俺達生徒は、教室に取り残されていた。誰も何も言わない空気。席を離れる者もいなかった。だけど、教室のすみに座っている何人かの女子が、ひそひそと泣いていた。それほど、というか、ちっとも稲葉と仲が良かったイメージはないけど、それでも悲しそうに泣いているその子たちを見て、俺は少しだけ安心した。
 すすりなく声以外は聞こえない教室は、沢松先生の授業よりも静かだった。



 やっと火曜日が終わった。放課後の、本日最後のチャイムを聞いて俺は席を立つ。結局、今日は一日中自習だった。担任が言うには、明日は稲葉の家でのお葬式と告別式が、体育館に全校生徒が集まっての弔式があるらしい。学生っていうのは楽だ。香典は持っていかなくてもいいし、服だって制服でいい。でも、気が重いのは大人と少しも変わらない。それがたとえ、関わりのない稲葉の葬式でも、気分は沈んだままだ。

「佐々木、帰ろうぜ」

 俺が席を立つと同時に、後ろから声がした。振り向くと、体育着を足でぽんぽん蹴りながら歩く雄太の姿があった。

「おう」

俺は頷いて、静かすぎる教室を出た。



「なんか、今日は気分が重いな」

 ゆっくりと歩きながら、雄太が言う。俺はまた「おう、」とだけ答えた。今日は、二時間目以降からこれ以外の言葉を発していない気がする。
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