馬鹿が飛んだ日

「なんかさ、いつもなら帰りにコンビニでも寄って立ち読みしてから帰ってたと思うけど…こんな暑さだし。だけど、今日はさすがにそんな気分じゃないよな」

 雄太は、どくどくと流れる汗を拭いながら言った。確かに、今日は暑い。こんな猛暑のよく晴れた日に、死んでしまった稲葉。

「暑すぎて、嫌になったのかもな」
「え?」

 俺の急な言葉に、キョトンとする雄太。

「稲葉だよ。こんな暑いと、やっぱ死にたくなるのかな」
「ああ、そうだな。でも、あいつの場合年中死にそうなイメージあったからな…」
「……やっぱさ、自殺だよな」
「んー。多分な。だってあいついつも、なんていうか…高いとこにいたじゃん。休み時間のたんびに屋上にいたし。で、極めつけにこないだの意見文発表会で『空飛んでみたい』だろ。なんか、こんなことになってもそんなに驚かないってのが正直だよな」

 二人して、普段なら絶対にしないであろう稲葉の話をした。こうして話してみると、稲葉は本当に不思議な男だったと思う。雄太も言っていたが、いつかこんなことになるんじゃないか、と思わせるヤツだった。誰もあんまり話をしたことがないだろうし、授業の発表とか以外では声すら聞いたことがない人がほとんどなはずなのに。

 話をしているといつの間にか分かれ道についていて、雄太は「じゃ、明日な」と言いながら右の道を帰宅する。俺は手だけを挙げて別れを告げた。空はまだ明るくて、学校が午前中で終わったんじゃないかと勘違いしそうな雰囲気だった。

 俺は、猛暑の中歩いて喉が渇いていた。家の近くの公園にある自動販売機にたどりつくとすぐさまお金を入れた。いつも飲む、お決まりの炭酸飲料のボタンを押す。保守的な俺は、この販売機ではこのジュース以外は買ったことがない。たぶん、この先もずっとこのジュースを買うと思う。
 そんなことを考えながらジュースを開けて、飲みながらあと少しの帰り道を歩いた。俺の家は、この公園を突っ切った方が近道になる。今日も俺は公園の門をくぐった。


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