馬鹿が飛んだ日

 公園には、こんなに暑いのに遊んでいる子どもがたくさんいた。きっと、子供の頃は汗をかくのが楽しくて仕方ないのだろう。俺にも、そんな時があった。公園が広くて、ジャングルジムなんかもすごく高くて、ブランコでなら雲の上にまで行けると思えていた時期が。二つ上の兄ちゃんと、二人してこの公園を駆け回っていたことを思い出す。

「隼人か?」

 突然、後ろから聞きなれた声がする。振り向かなくても誰だかわかるその声の持ち主は、俺の横に並んで言った。

「学校終わったのか」

見ると、やっぱり兄ちゃんだった。兄ちゃんはバイトの帰りなのか、少し疲れた様子で俺に荷物を渡した。

「悪いけどそれ持ってろな。重たくて」
「何だよこれ。自分で持ってよ」
「うるせぇな、弟のくせに。それ絵本とか色々入ってるから重てぇんだよ」
「絵本?何で兄ちゃんが」
「……別に。ただ、亜紀に読ませてやろうと思って。市立図書館で借りてきたんだよ」

 兄ちゃんは少し気まずそうに言った。小学生の時はガキ大将で、中学、高校でも番長的なポジションにいた兄ちゃんは、昔から俺にはすごく厳しいけど、妹の亜紀にはものすごく優しい。亜紀は女の子だし、まだ六歳だから仕方ないのかもしれないが。

「お前、何で今日そんなに暗いんだ?」

 不意に、兄ちゃんが言った。いつもなら荷物持ちなんて強く拒否する俺が、おとなしく荷物を持っているのが珍しいのだろう。俺は小さくため息を吐いた。

「なんでもないよ」

 その日は、家が遠く感じた。

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