馬鹿が飛んだ日

「稲葉の死体、隠されてたよな」

 学校へ戻ると、佐久本というやつがかなり大きな声で言った。まだ、担任が来ていない教室は、稲葉の葬式の話でざわざわしている。

「あれって、やっぱ死体がグチャグチャだったからかな?」
「うへー。やっぱそうなの?俺、そうだったらどうしようってちょっと考えてた」
「ってことはさ、あいつ、ホントに飛び降りだったの?」

 佐久本の周りには、いつの間にか人が集まっていた。俺は離れたところからその話を聞いているだけだったけど、俺にまでハッキリと聞こえるくらい、そいつらの声は大きかった。昨日までの静けさが、嘘のようだ。

「だろうな。だってアイツ前なんかの作文で、空を飛びたいとか言ってたじゃん。俺小学校から一緒だから知ってるけど、アイツ高いところが好きで、鳥に憧れてるんだぜ。毎日屋上いいたせいで、自分はきっと空が飛べる!とか勘違いしちゃったんじゃねーの?」

 佐久本は、昨日の雄太と同じ事を言った。それでも、佐久本の言い方には棘がある気がする。何でかはわからないけど、俺は無性に腹がたった。別に、稲葉と仲が良かったわけでもないのに。でもアイツが死んだことをまるでネタ話かのように話されると、許せない。

「あいつら、ちょっとひでぇな」

 雄太も顔を曇らせていた。他の何人かも、そういった顔をしている。でも、大半は佐久本と一緒になって稲葉のこれまでの言動を振り返り、盛り上がっていた。俺は我慢ができなくなって、佐久本の前へ向かう。佐久本は、静かに近づいてくる俺を「なんだなんだ?」という様子で見た。

「おい、佐久本」
「なんだよ」
「…お前、人が死んだんだぞ。少しは言動慎めよ」

 
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