馬鹿が飛んだ日
「お前、妄想ばっかだな」
「妄想…そうだね。だけど、有り得ない妄想はしないんだ」
いや、ジャングルジムから落ちて死ぬとか、ブランコこいで空を飛ぶとか、いろいろ有り得ないだろ。こいつは本当に馬鹿だ。
俺はまたブランコにまたがる馬鹿に歩み寄り、隣のブランコに腰をかけた。馬鹿が座っている方よりも少し位置が高いのは、悪ガキによって鎖が一回転されてしまっているからだろう。
「……いじめられてんのか」
俺は不器用にそれだけ言って、地面を蹴った。ブランコがキイキイ揺れる。
ずっと、気になっていたことだった。
「だから死にたいのか?」
「…違うよ。僕はいじめられるほども目立たないから」
髪が長くてネクラっぽいし、色も白いし体だって細いし…何より馬鹿だから、いじめられてんだろーな、と思ってた。だけどどうやら違うらしい。じゃあ一体なんなんだお前は。
「わけわからん」
「はは。僕も」
「もーお前死ね」
「そーだね。死にたい」
こいつの笑い方は、俺をやるせなくする。
「………でも死ぬ気になれば、なんだってできるだろ。どうせなら死ぬ前にやりたいことやっとけよ」
俺はそう言ってためしに目をつむったままブランコから跳んでみる。でも、馬鹿みたいなキレイな着地はできなかったし、空を飛んでいるような気もしなかった。
「わかってないなぁ。君は」
「は?」
馬鹿の声がしたので俺は目をあける。やつはやれやれ、と呆れたように首を振っていた。なんだこの野郎、馬鹿のくせに。
「君はなにもわかってない」
「なんだと。ってーかお前の気持ちなんて(正確には自殺志願者の気持ちなんて)わかりたくもねーよ」
「死にたい人間に、やりたいことなんてないんだよ」
また、俺の言葉を無視した馬鹿は、少しも笑ってはいなかった。