馬鹿が飛んだ日

「で、何の本読んでほしいの?」
「うんと、これ」

亜紀が見せた本は、人魚姫だった。あの、失恋した人魚のお姫様が王子様の命を助ける為に泡になって消えちゃうやつ。

「こんなの読むの?悲しいよ?これ、」
「え~また悲しいやつ?」

俺が人魚姫はやめようと促すと、亜紀はうんざりした顔をした。

「またって、他にも悲しいのがあるのか?」
「うん。輝兄ちゃんが読んでくれた本がね、悲しかった」
「兄ちゃんが?」

 そういえば、この本は市立図書館と書かれている。兄ちゃんが亜紀の為に借りてきた本だ。昨日、俺が持たされた本だ。

「何、兄ちゃんはどれ読んだの?」
「えっと、これ!」

 亜紀はテーブルに置かれたいくつかの本の中から、真っ白な絵本を取り出した。それには『イカロスの翼」と書かれていた。

「イカロス…?」
「これね、最後空から落っこちて死んじゃうんだよ」

 悲しそうな顔で、亜紀は言った。兄ちゃんは、亜紀に何を読ませたいんだ。もっと他にもあっただろう。亜紀が喜びそうなメルヘンな本が。

「亜紀、悲しかった?」

俺は亜紀の頭を撫でてきいた。亜紀は大きく首を縦に振る。

「うん、悲しかった」
「そっか」
「あのね、輝兄ちゃんが、イカロスは馬鹿なんだよって言ってたよ」
「馬鹿?」
「人の話を聞かない馬鹿な男だって」

六歳の子に、兄ちゃんは大人げないな。こんな話をすることはないと思う。確かに、イカロスは太陽には近づいちゃいけないというみんなの警告を無視して死んだ、大馬鹿だけども。

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