馬鹿が飛んだ日

稲葉が死んで、二週間が過ぎた。

 学校はもう完全に普通の日常を取り戻していた。授業も進む。生徒指導もうるさい。佐久本を始め、もうクラスメイトの誰一人、稲葉の話はしない。あいつの存在は、また静かに無に帰ったのだ。

 今日は火曜日だった。一時間目が体育で、最後数学の最悪の日。だけど、もうクラスのメンバーが減ることはなかったし、最後の数学まで教頭が中断しに来たりすることもなかった。

学校はちゃんと終わり、俺は帰宅する。あの日のように、雄太が帰ろうぜ、と言って俺の横を歩いた。俺は「おう、」と言って静かに歩きだす、雄太は、癖なのかまた体育着入れを足で蹴っていた。
 俺達は帰り道、コンビニに寄った。立ち読みをして、クーラーで涼んで、時間をつぶしてから店を出る。日はまだ沈まないようで、太陽は相変わらずギンギンと輝いていた。いつもの雄太との分かれ道がきて、また「じゃあな」と別れを告げる。雄太も「明日な」と手を振って帰って行った。俺は近道の公園の前に来て、いつも通りあの炭酸飲料を買った。ジュワジュワと、炭酸が喉を鳴らす。

そうして公園を横切ろうとした時、俺はある人物を見た。

 ある人物とは自分の兄ちゃんで、兄ちゃんは公園のブランコにぼんやりと座っていた。なんだか何も考えていないように空を見ている。まるであの稲葉のようになった兄ちゃんを、俺は心配した。

本当は、俺がこんなにも稲葉のことを考えるのは、兄ちゃんのことがあってだった。


 あれは春になったばかりの頃だった。初めて、この公園で兄ちゃんと稲葉が一緒にいるのを見た。最初は、稲葉だとは気付かなくて、また兄ちゃんが高校生から金せびりでもしているのかと思った。実際、兄ちゃんは人から金をせびったことはないらしいけど。とにかく、その時は何も思わず俺は二人の横を通りすぎた。

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