馬鹿が飛んだ日

「うん、知ってるけど」
「………なぁ。なんで、イカロスは飛びたかったんだ?」

そんなこと、俺が知るわけない。でも、さっきの絵本には描かれていなかったけど、小さい頃見た別の絵本では、こういう設定があった。

「さぁ。本当は飛ぶことじゃなくて、違う世界に行くことが目的だったんじゃなかったけ」
「違う世界に?」
「イカロスは、住んでいる国から出たかったんだよ。外の世界が見たくて、空を飛んだんだ」
「そうか、じゃあイカロスの目的は、違う国だったのか」

 ブランコをこぐ音が止まって、兄ちゃんの声も止まった。兄ちゃんは、泣きたいのかもしれない。だけど、泣かないだろう。それが俺の兄ちゃんだから。

「あいつも、どこかに行きたかったんだろうなぁ」
「……」

 兄ちゃんは不良だったけど、皆に慕われていた。弱いものいじめはしないし、むしろ弱いやつを見かけたら、面倒を見てあげてしまうような人だから。そしてそれはきっと、弟の俺や妹の亜紀を護る為に培った優しさなんだろう。その、人よりも大きな包容力と優しさで、孤独な自称イカロスを見つけ出した。
 最初は、イカロスを馬鹿にしていた村人のように、その思想を馬鹿にしたかもしれないけど、いつしか、そのイカロスの言っていることを信じてみたくなったのだろう。物語のように。

「亜紀が、イカロスは冬に飛べばよかったにね、って言うんだ」
「……馬鹿だね」

突如亜紀の話をした兄ちゃんに、俺は笑った。亜紀は馬鹿だ。冬にだって、太陽は出るのに。

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