馬鹿が飛んだ日
「ほんと、馬鹿だよなぁ」
兄ちゃんはなぜか笑って、ブランコに立ち上がった。そして、いきなりギイギイと音をたててブランコをこぎ出す。
「どーしたんだよ」
びっくりした俺は、兄ちゃんに向かって叫ぶ。兄ちゃんは聞こえないのか、目をつぶって俺の方を見やしない。
「隼人、知ってるか」
兄ちゃんは、微笑んでいた。
「こうして目をつぶってブランコから跳ぶと、空を飛んでるみたいな気分になるんだ」
ギイギイという音がうるさくて、兄ちゃんの声がよく聞き取れなかったけど、どうやら兄ちゃんはブランコからジャンプする気らしい。
「知らないよ、そんなの」
兄ちゃんはこういう人じゃなかった。新しい父さんができて、ちょっとグレはじめてからは、公園にすら来なくなった。その兄ちゃんが今、亜紀よりもずっと上手にブランコをこいで、跳ぶ準備をしている。
「見てろよ、俺は太陽だから。空飛んで落っこちたりも、死んだりもしねーからよ!」
兄ちゃんはそう叫んで、ブランコから手を離した。自称イカロスと、自称太陽か。それじゃイカロスを殺したのは兄ちゃんってことになっちゃうけど、馬鹿なふたりだから、そんなことには気づかないだろう。
炎天下、近所の公園。
もうすぐ二十歳になる金髪の兄ちゃんがブランコから跳んで、まだ十八歳だったクラスの稲葉が死んだ。どちらも暑い暑い火曜日の出来事で、火曜日になると親友の雄太が体育着を足で蹴る。
イカロスは死んでしまったけど、兄ちゃんに何かを残した。
だから太陽はこれからも、冬になっても、俺達の前にあり続ける。
end