馬鹿が飛んだ日


 馬鹿にはいろいろと癖があって、さっきも言ったけど死を語るときには空を見上げるし、証拠に今も空ばっか見てる。それから、人と会話を噛み合わせない癖もあるみたいだ。わざとなのか無意識なのか、俺の話しを無視する率が激しく高い。もう慣れてるから別にいいけど。
 
「だから死ぬのさ」
「それって悲しいな」
「そーだね、悲しい」
「………」
「僕ら志願者は悲しい」

 馬鹿はそれだけ言うと、また目をとじた。ああ今からこっちに跳んで来る、と思った俺は、腕を両手いっぱいに広げてみる。何故だか、この男を俺が受け止めてやる!とか思ってしまった。
 だけど、予想外にも馬鹿は跳んで来なかった。めいいっぱいブランコこいで、目をギュッととじてたくせに。ああ、そういやジャンプの前の猫背がなかったな。なんか、跳んできもしねぇ相手にアホみたいに両手広げてて…恥ずかしいじゃねーか、俺。

「やーめた」

 馬鹿はそう言って、ブランコをこぐ力を弱めていった。ギイギイ耳に残る音が小刻みになる。

「エネルギー、とっとかなきゃ」
「何のエネルギーだよ」
「いつか、本当に飛ぶときのために」
「………」


 そっか。そういやこいつは自殺志願者なんだった。



俺はぼんやりと空を見る。あそこに行きてぇのか、この馬鹿は。遠いな、無謀だろ。





< 3 / 26 >

この作品をシェア

pagetop