馬鹿が飛んだ日


「ジャングルジムより高いし、ブランコこいだくらいじゃ絶対に行けないと思うけどな」

俺は精一杯のイヤミを、精一杯何でもないように言った。

「ねぇ。君の名前って…」
「は?」
「なんでもない。それにしても暑いね」

俺の精一杯は、鈍感男には届かなかったらしい。俺はため息まじりに言った。

「夏だからだろ」
「そうだね。…死ぬなら冬がいい」
「なんで」
「イカロスの翼」

 馬鹿が言うことはいつだって唐突で、でもしっかり意味不明だ。
俺は初めてこの公園でこの馬鹿を見たときから、人間は難しいと思っている。うん、人間は難しいな。

「イカロスの翼がなんだよ」
「ほら。イカロスの翼は太陽で溶けちゃったでしょ。だから夏は不吉かなって」

だから死ぬなら冬がいい、馬鹿はそう続けて笑った。俺は呆れてため息もでない。

「お前、冬は太陽出ないと思ってんのか」
「あれ。出るっけ?」
「……ばーか」

 いつもこの男に対しては、いろんなツッコミを考える俺だけど、それを口にしたことはない。こいつは馬鹿なんだから仕方ない、と自分に言い聞かせて心にしまっているからだ。だから今回も俺は、何も言わないことにした。

 馬鹿が冬には太陽がでないと思ってるなら、それでもいいって思った。イカロスの翼でもなんでも、あいつが言うならそれでもいい。ジャングルジムから落ちてだって、人は死ねるかもな。

もしかしたら、“馬鹿”は感染するのかも、と俺は家で一人になるなり考えた。もし、馬鹿がうつるものなら、俺は確実に汚染されているよ。






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