〜 蜜柑 〜
ヒロくんとマーちゃん
「ここよろしいですか?」
舌足らずな、どこか澄ました感じで女の子が席を指差す。
対面に座っていたばあさんがにこやかに頷くと、
「ありがとう。ヒロく〜ん! こっちだよ〜!!」
元気一杯、大きな声で少女は同い年くらいの少年を呼んできた。
「失礼します」
ヒロくんらしい少年は礼儀正しくお辞儀をするが、ソレを終えるより早く少女に席へ引っ張り込まれる。
一つの席に二人。
べったりくっついて。
「あの…マーちゃん…」
「なぁに、ヒロくん?」
名前を呼ばれ、嬉しそうにほお擦りするマーちゃん。
手を握り、身を寄せ、甘ったるい声で再度囁く。
「ヒロくんなぁに?」
困った表情で窓際、通路、ばあさんと視線を巡らせ、しかし何も言えずに黙り込む。
「あらあら」
にこやかにばあさんが言うと、マーちゃんがまた澄ました声で、
「おばあさん、今日はどちらへ?」
「息子にウチで取れた蜜柑を持って言ってやろうと思ってね。もうしばらく先なんだけど」
「じゃあその箱は蜜柑が入ってるんですね」
「食べるかい?」
「いいんですか?」
「いいよいいよ、ちょっと多過ぎて重かったからね。減らすのに協力してくれるかい?」
「はい! 実は朝を食べて来なくて、すっごくお腹が空いていたんです。ね、ヒロくん食べよ?」
「あ…ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
受け取った蜜柑を二つに割り、二人はおいしそうにほうばった。
途中、マーちゃんの口元についた汚れをヒロくんが丁寧に拭き取ると、マーちゃんが嬉しそうに身を寄せる。
「二人は今日、どこに行くんだい?」
ばあさんが聞くと、マーちゃんは口の中にあるものを全部飲み込み、真剣な顔で言った。
「私達、駆け落ちしにきたんです」