〜 蜜柑 〜

 あれから数駅が過ぎて、ヒロくんは痛むであろう足を庇いながらも一生懸命にマーちゃんへ謝り続けていた。

しかしながら余程ご立腹なのか、マーちゃんの態度は硬化したままだ。

ヒロくんは泣きそうになるのを堪えていて、それに気付いているマーちゃんは時折心配そうに様子を伺うのだが、やはり「こんなもんじゃ許してあげないもん」とばかりにそっぽ向く。

そんな時だった。

「いやぁ〜いやいやいや!!」

妙な口調で男が座席へ滑り込んできた。
着物に帽子。古めかしい格好はどこか大正を思わせる。

彼は席に腰を落ち着けると、前後をそれとなく伺い息をつく。

「あっ、これは失礼」

こちらに気付いたのか、帽子を取って礼をし、

「あやっ、それはもしかして蜜柑ですかね?」
「食べるかい?」
「ありがたく!!」

差し出された蜜柑を受け取った男は、皮を素早く剥くと丸々口の中へ放り込んだ。

「ん〜っまい!! いやぁ、僕は蜜柑に目が無くてねぇ〜。甘くてみずみずしくて粒が大きい、最っ高ですね!!」
「そうかい? ありがとう」
「この時期になると箱買いしていつも部屋に置いてますよ。だらだら食べ始めると止まらなくなって、いつの間にやら爪が黄色くなっちゃったり!!」
「あ、ありますあります。僕も良くそうなります」

と、ここで今まで警戒していたヒロくんが蜜柑の話に食いついた。

「最初は普通に食べるんですけど、だんだん筋を綺麗に取ってみたり、中の皮も剥いて綺麗にしてみたり」
「やるやるやりますとも!! 僕は剥いた皮をどんどん積み重ねていって塔にしてみたりもするねぇ」
「面白そうですね、ソレ」

会話の弾む二人を余所に「そろそろ許してあげようかなぁ」なんて表情をしていたマーちゃんが更なる決意を胸にそっぽ向く。

「おや、そちらの小さなレディはご機嫌斜めのようだね。どうかしたかい?」

男にヒロくんが耳打ちすると、彼は深い頷きを一つ。真剣な顔でヒロくんの両肩を掴んだ。

「ならば僕に任せたまえ。このヒジリ ケンサク、これでも作家の端くれ、必ずや君達の仲を修復してみせよう!!」

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