〜 蜜柑 〜
作家を自称するケンサクさんは、困惑したままのヒロくんを連れて車両後方へ消えて行った。

やや人の多くなる場所柄、田舎列車ながらにちらほら席が埋まり初めている。

時折ケンサクさんらしき声と数人の湧くような歓声があがるのだが、

「男って皆あんな感じなのかな」

とても小学生とは思えない事をマーちゃんが呟いた。ちらりと窓際に目をやるが、すぐに吐息と共に足元へ落ちていく。

「おや」

ふと、マーちゃんの膝上にシャショーと呼ばれていた小猫が飛び乗った。

マーちゃんも最初は驚き、やがて恐る恐るといった感じで頭を撫でる。小さな、消え入るような鳴き声に笑顔となり、そのまま邪魔しないようにと両手を手摺りに置いた。

「やあ、お待たせ!!」

正に舞台の最終場とばかりに颯爽と登場したケンサクさんは、車両後方の乗客から歓声を受けつつヒロくんを前に押しやった。

ヒロくんは一体何を言われたのか、すこぶる緊張した様子でマーちゃんを見、膝上のシャショーに一瞬気を取られたものの真っ直ぐ駆け落ち相手の顔を見た。

「マーちゃん−−−」
「ヒロくん」
「え? えと…なに?」

不意の呼び掛けに動揺したヒロくんは、言わんとしていた言葉すら飲み込んで問い返した。

「私の事……好き?」

おお、と覗いていたらしい客達がざわめく。

「……うん、好き」

今度は女性陣からの黄色い声。
その先頭で、誰よりも筋書きを練っていたであろうケンサクさんが深く深く頷いた。

「私ね、ヒロくんを一人占めしたいって思っちゃうの。でもそれはいけないとも思うの。けどね……」

気持ちで息が詰まったのか、苦しそうに、

「……不安なの」

搾り出すように心の内を紡いだ。

子供のままごと。

最初は誰もが思ったであろう事。だがこの二人は二人なりに何かしらの覚悟をして家を出てきたのだ。

流されるままではなく、怯えながらも一歩を踏み出して。

幼稚な歩みでも、そうは真似出来ない。

「マーちゃん」

力強い、少年の声が車両に響く。まだまだ地に足のついていない不安定なものだったが、少女にとっては何よりも頼りになるもの。

「俺、頑張るよ。ずっと一緒に居よ」

幼い言葉には、精一杯の気持ちが込められていた。
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