【短編】『D』
彼は淡々と思い出すように話した
「七海さんは、おばーさんの手を引いて横断歩道を渡ってた。
初めは親切な人としか思ってなかった、でも会うたびにおじーちゃんやおばーちゃんの手を引いてた、たまにベビーカーまでひいてあげてた。
渡り終わった後の笑顔が綺麗だなって。
俺、七海さんに惚れてた、まだ話してもいない人に、まだ3・4回しか見てない人にね。一目惚れだった。」
私、ボランティアには登録してとけど、そんな手を引いてたかなー?
たまに困ってた人にはしてたけど、だってあそこ信号かわるの早いんだもん。
って笑顔が綺麗?嬉しい////
「ある日、俺が風邪引いててかなりきつかったけど、必修があったから無理して大学に行ってたんだ、
でも駅を降りた時はフラフラになってて、横断歩道の電柱にもたれかかってたら七海さんが『大丈夫ですか?』って俺の手を引こうとしたの」
うーーん、まったく覚えてない
「俺、びっくりして、フラフラしながらも走り去っちゃた。
でもかなり嬉しくて。で七海さんのこと調べたら彼氏がいるって分かったんだ。
それからは声も掛けられずに、遠くから見ているだけだった。
そうこうしてたら七海さん卒業しちゃった。」
彼はタバコに火をつけ、哀しい顔をしながらまた話し出す
「その後、忘れるためにいろいろな女と付き合ったけどでもだめだった。
そんな時、ばーちゃんが亡くなったんだ。
俺、早くに両親亡くしてたから、ばーちゃんが親代わりだった、遺産の十分の一を俺に譲るから増やしてみろって遺言してたんだ。
お金なんてどうでもよかったけど一応ばーちゃんの遺言だし、増やすんなら投資でもしようと思って証券会社に行ったとき七海さんを見つけたんだ。
んで気づいたら声かけてた。」
私が卒業してもう2年も経つけど、忘れられないの?
両親やおばーちゃんがいないから寂しいの?
なんも言えなかった。ただ私と彼は俯いたまま時間だけが過ぎていた。
そのあと、私達はあまり話すことなく、店をでた。