ファイブベル
先程、たしかに甲高い音がしたはずだが――この男の面の皮が厚いのか、美弥があえて手加減したのか、腫れているわけではなさそうだ。

「たっちゃん、どういうことですの?私情って……?」

伶奈は微かに動揺しているようだった。
自分の知っている美弥とは明らかに違う面が彼女の不安をあおっていた。それほど、美弥が心配なのだ。だからこそ、あえて卓也に問い掛けた。

「俺の口から話すのも野暮なんで、詳しい事情は本人から聞いてくれ」

「ま、小池にも、あの一年と同じような時期があったってことだな。よーするに」

卓也が言葉を濁したにもかかわらず、修二はいけしゃあしゃあとそう言った。

「え、そうなの?いのっち?」
「あの、小池先輩が?」

信じられないという風に伶奈と祐介は戸惑った。

「俺はしらんけど、大方そんなところなんしょ。卓」

卓也は黙してうなずいた。

「人にはそれぞれ事情ってもんがある。おまえらならそれくらいのことわかるだろ」

その言葉はひどく歪曲的だ。
卓也のもとに集った四人は各々、彼と特殊出会いを果たしている。
皆、かつての自分に終止符を打ち、そして繋がった。

“事情”という言葉はそこに起因し、“そのくらいのこと”とあえて言ったのは、だからこそわかりあえるという含みがあったに違いない。

当の三人はそれを肌で感じ取っている。


驚愕の表情はすんなりと消えた。


「そんじゃ、追いますか」

そういうと、修二はドアへ向かった。

「え、井上先輩、動くんっスか?……めずらしい……」

「そいつぁどういう意味かな、松崎ちゃん」

「いえ、なんにも……」

振り返った修二に微かな怒気を感じ、祐介は前言撤回を余儀なくされた。
結局はふいに笑って、修二は答えた。

「われらが女尊男卑副委員長が珍しく、男のことでやっきになってるんだ。ま、俺が一
因でもあるし、少し付き合うのも悪くないかなと」

最後の方は半ば独り言のように呟いて、修二はドアを開いた。
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