ファイブベル
「これって拉致って言いますよね……」

教室で使っているものより座りごこちのいい回転椅子に座って、東晋也はぽつりとそう悪態をついた。
犯人、もとい、連れてきた本人達は何食わぬ顔で、強制連行だといいはる。
――どっちも同じじゃん。
内心そう毒づいても、これ以上は不毛の討論と察してか、晋也はうつむいた。

「アチっ……」
「何やってんだ卓?」
「いや、ちょっとな……」

シリアスな本陣から少し離れたパソコンスペースに座した修二の傍らで、卓也は口元おさえてつっ立っていた。
灰皿に置かれた修二の吸いかけ煙草を、悪戯心からちょろまかそうとして、逆に火のついた方を口にしたらしい。
実はかなり熱いはずなのにすっとぼけているのが滑稽だ。

一方本陣――囲むような形で彼を見やる連行犯三人。

「ところで東くん。単刀直入に聞くけど、いったいどういうつもりで保健室登校なんてことしてるのかな?」

美弥は審問を開始した婦警のような口ぶりで、そう切り出した。
そんな彼女を横目でちらりと見てから、晋也はため息混じりに口を開いた。

「別にこれといった理由なんてないですよ。これといって」

むくれたように言うと、彼は再び黙った。

「おいおい、それはないんじゃないの?せっかくの機会なんだし言いたいことあるなら言えよ」

上下関係には些かこだわりのある祐介は、イライラをあらわにして、半ば命令口調で言って気まずい沈黙を打ち切った。
そんな裕介の言葉がいかにもウザいと言いたげな表情をしてから晋也は俯きかげんのまま口を開く。

「……なら、言わせてもらいますけど、先輩達ってなんにも思い通りにいかないなんて経験したことありますか?」

陰惨な風体で、晋也はそう言った。

「んーーー。俺はいつでも好きなようにやってるしなぁ。全部が全部ってわけじゃねぇけど、別に今はこれといってねーな」

「祐ちゃんと同じというのは不本意ですけど、わたくしもそうですわね」

少し悩んで、祐介と伶奈は軽い口調でそう言った。

それを確認してから、晋也はさらに離れた場所の卓也と修二に目配せした。
しかし、修二はパソコンのディスプレイとお見合い中で無反応、卓也は軽く差しさわりのない営業用スマイルを送った。
卓也の笑顔が晋也の神経を逆撫でする。
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