【実話】アタシの値段~a period~
「今日はペースが早いですね。」
ウィスキーで色づいたロックグラスが
目の前に差し出される。
低くしゃがれた声で話すマスターは
空いたグラスを引き取りながら
″らしくない″と
笑った。
あれから3日が経った。
ユキからの連絡はない。
これでよかったのだ、と自分に言い聞かせるように
先ほどまで
引っ越しのための荷造りをしていたが
こっちの部屋を引き払うわけでもない俺の荷造りなんて
数時間もあれば終わってしまうわけで。
暇を持て余して
余計な事に思考を回さないためにも
古くから馴染みのマスターと
世間話をしに
このバーへやってきた。
‥が、酒を飲むべきではなかったと
今になって後悔をしている。
少し気を抜くと
携帯を開いて
ユキの名前を探してしまいそうになる。
そんな女々しい自分が嫌で
また酒に手を伸ばすから
悪循環。
こんな風に
ペースを崩される恋愛は
もう、しない と
いつか、誓ったはずだった。
俺には
捨てられないもの
、守らなければならないものがある。
それは、″会社″だとか
″野心″だとか
一言で言ってしまえば
他人には簡単に聞こえるだろうが
俺にとっては
家族のような社員と共に
積み上げてきた大切なもの。
だから、その過程で
好きな女と離れることになろうと
俺は 曲げられない。
来た道も
行く道も
変えられない。
だけど
これだけ腹をくくっていても
腹をくくっているからこそ‥か
ユキを置いて行くことが
苦しかった。
ユキが、それを望んでいないと
解ってはいても。