【実話】アタシの値段~a period~
「最近、忙しそうですね。」
マスターの聞き慣れた声にハッとする。
店内を流れる
ゆるめのジャズに誘われるように
俺はいつのまにかカウンターで眠ってしまっていた。
「お疲れみたいですけど、ちゃんと寝れてます?」
コトン、とカウンターに置かれた暖かい緑茶。
マスターの心遣いに感謝をしつつ
「正直、いっぱいいっぱいっす。」
笑って答えた。
「携帯、鳴ってましたよ。」
指差す先に、不在着信を示す色のランプ。
不在着信1件
23:06
―――――ユキ
そのまま携帯の時計を見ると
時刻は午前1時を回っている。
2時間も経っていた。
「外しましょうか?」
気を利かせて場を離れようとするマスターに
チェックを伝えて
店を出た。
タクシーを拾うため
大通りを目指しながら
携帯の画面を見つめる。
この時間なら
ユキはまだ起きているだろう。
あの二人の行く末を見守ろうと
決意した今、
チャラけて話しを聞いてやるのが俺の役目だ。
そう、自らに言い聞かせ
発信ボタンを力なく押した。
『もしもし?ごめんね、寝てた?』
「いや、酒に飲まれてた。」
あははは
と元気に笑う声に
ほっと肩を撫で下ろす。
今日は泣いていない。
それでいい。
それだけでいいんだと。
『ねぇ、浩介?』
いつになく穏やかな口調だった。
「んー?」
『浩介さ、隆志と連絡とり合ってる?』
…まずい。
いや、まずくはない…が
どんな経由でそれを知ったのかが分からなければ
何をどこまで話せばいいのかが分からない。
アルコールで麻痺した頭では
上手い切り替えしが出てこなかった。
『別にね、それはいいんだ。』
困る俺に、すかさずそう言ったユキは
『でもね、今から言うことは、しばらく隆志に言わないで。』
それはもう
穏やかに。
様子がおかしいと気づいたのは
ユキが次に放った言葉を聞いてから。
「あぁ、約束する。」
『あのね、浩介
アタシ
浩介と一緒に行ってもいい?」
泣くこともなく
強弱のない声で。
今にして思えば
これは
何かが壊れる一歩手前だった。