【実話】アタシの値段~a period~
定時を知らせる静かな音楽が鳴る。
俺は 会社を飛び出した。
こんな早くに会社を出たのは何年ぶりだろう。
地下に停めた車に乗ると同時に
エンジンをかけるよりも前に
ユキの携帯のコールを鳴らす。
バイトなら、ちょうど終わる頃だ。
しかし、ユキは電話に出なかった。
バイトの時間が少し押しているのだろう、と
俺はその時
そんなに気にはせずに
折り返しの着信を待ちながら
車を走らせた。
‥‥が、
家に着いても、
それから数時間経っても
ユキからの着信はなかった。
何度も電話やメールはしていたけれど。
頭を過ぎるのは
浩介のこと。
また情けなく、浩介に電話をかけてしまいそうになる右手を
制圧することに必死だった。
ふと、視線をクローゼットの扉に移す。
中には、紙袋に入ったバラバラの時計。
ユキの目の触れない場所に、と思って
昨日の夜、クローゼットに入れておいた。
あれほど大切にしていた時計‥
マヤとの思いでが
壊れていくのを感じながら
胸の痛みを噛み砕く。
このソファから
左側の斜め頭上。
ずっとそこにあった赤色は
指紋一つない、真新しい
ガラスのものにかわっている。
泣くこともなく
ただ怒りをぶつけるユキの顔を思い出す。
誰かのあんなに切ない怒りを
俺は、生まれてはじめて見た。
まるで、
心が痛いよ
と、詰まったような声が
耳にまで届きそうな‥。