【実話】アタシの値段~a period~
ひとしきり、今までのことや
これからのことを考えようとしたが
俺は気を紛らすためにキッチンへと向かい
珈琲を入れた。
これからのことを考えると
どう転んでも
最悪のシナリオしか思いつかなかったんだ。
…珈琲の香りに
気なんて紛れるはずもない。
煙草に火をつけると、それは尚更に。
ユキが居ないはずの部屋に
彼女の気配が溢れて
耐え切れずに
俺はもう一度
ユキの携帯のコールを鳴らした。
『もしもし?』
不自然なほど
強弱のない声だと思った。
それは、あの日
初めて君がこの部屋に来た日を思わせるような。
「今、どこ?」
『ごめんね、急用で今日は行けそうにない』
俺の質問を軽く受け流したように答えたユキは
『心配した?』
と電話越しに笑っていた。
「あぁ、心配したよ。何かあったのか?」
『急にバイト先の人たちに誘われちゃって』
…本当だろうか。
ユキがそんな集まりに顔を出すとは思えない。
しかも、こんな状況で。
けれど、もし本当なら…
また疑って詰め寄れば
今度こそ本当にユキが居なくなってしまうような気がした。
「終わったらこっちに帰ってきたら?何時でも迎えに行くから。」
しつこく食い下がる俺を
『隆志、どうせ昨日も眠れてないんでしょ?』
ゆっくりやすみなよ、とユキが諭す。
「ユキが居ないと眠れない。」
子供のようにだだをこねたら
『ほんと、独りじゃ眠れない性質だよね』
といつものように笑いながらからかわれて
半分、ホッとして
半分、戸惑った。
まるで、拍子抜けするほど
昨日のことがなかったかのように
君は楽しそうに笑っていた。
おやすみ、とあっさり電話を切られてしまった俺は
すぐに
明日は会える?
とメールを送信し、
大半の確立で返信はこないだろうと思っていたのに
返信はすぐに返って来た。
それに安心したのか
気付けばそのままソファで眠っていた。
Re:
もう、あの時計のことなら大丈夫だから
ゆっくり眠ってね。
俺は、水面下で何が起こっているのかも知らず
珈琲と煙草の
愛しい人の香りで満ちるこの部屋で
馬鹿みたいに
きっと安堵の表情を浮かべ眠っていた。