地下鉄
「…確かに。まだ僅かに時間がありますね」

「ええ、ご親切にどうもね」

老女は軽く頭を下げた。

「いえいえ。ならわたしと少しお話でもしましょうか? これもわたしの仕事なんですよ」

「あら、そう? 嬉しいわ。ちょっと寂しかったのよね。今夜は私だけかと思って」

「地下鉄に乗れば、いろんな方がいらっしゃいますよ。寂しくはありません」

「そう? …そうね、きっとそう」

老女はどこか悲しそうに微笑んだ。

「ちなみに思い残すことはありましたか?」

「いいえ、特には。平凡ながらも、幸せな人生でしたよ。先に逝った両親や姉達に会えるかと思うと、死ぬことも怖くないと思いましたし」

「それは良かったですね」

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