桜の下で ~幕末純愛~
山南の脱走

屯所内は嫌でも騒がしくなる。

まただ…何度経験してもこの罪悪感は拭えない…。

山南さんの追っ手は……総司…。

そして山南さんは…。

…誰もが辛い思いをする。

桜夜はまだ少し雪の残る木に登った。

「桜夜」

総司…その格好は…行くんだね。

「ん…体、無理しないでね。行ってらっしゃい」

「ゴホッ 追うのは近江…大津までです。そこまでですから…」

「うん」

近藤さんとひじぃの気持ち…だから追っ手は総司一人。

それでも山南さんは…。

桜夜は月が昇ってもじっと待ち続けた。

「いい加減風邪ひくぞ」

ひじぃ。辛そうな顔してるね。

「バカは風邪ひかないっていうから平気です。不思議ですね、吐く息は真っ白に見えるのに寒くないんです」

土方が木の下に歩み寄る。

「お前に聞きたくなっちまうな…この先を…」

今回ばっかは弱気だね…。

「…いいですよ。教えてあげます」

「何言ってやがる」

「その代わり、聞いたら土方さんは切腹ですよ」

桜夜は木から飛び降りた。

「稲葉専用局中法度。稲葉に過去を聞くべからず。」

木の残雪で濡れた着物をパンと払うと桜夜は無理に笑った。

「どうしますか?」

土方は組んでいた腕をほどくと桜夜の頭にコツンと優しい拳骨を落として苦笑いをする。

「完敗だな」

そう言うと天を仰いで呟く。

「もうじき春なのにな…」

その頃、沖田は山南と共に宿に居た。

山一つ越えれば大津、そこまでで追わずに済むというところ。

その山中、岩を椅子代わりに山南が座っていたのだ。

「あぁ、追っ手は沖田くんでしたか」

いつもと全く変わらない穏やかな顔。

「何故です?ここを抜ければもう…」

山南は少し首を横に振る。

「もうじき陽も暮れます。宿に泊まりませんか?」

そう言うと沖田と共に山を降りた。

沖田は山南が一人きりになる時を多くした。

しかし山南は逃げる素振りを全く見せず、沖田が戻ると嬉しそうに話を始める。

夜も更けた頃。

「さ、明日は早く発たなければいけませんね」

山南はそう言って灯りを消し、床に入る。

「沖田くん、追っ手が君でよかったよ」

ポツリと呟き目を閉じた。
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