桜の下で ~幕末純愛~
桜夜は部屋の前に座っていた。

沖田の邪魔は出来ないので部屋に入る気はなかったが、他の場所に行く気にもなれなかった。

気配だけでも沖田の傍に居たいと思った。

どれだけそうしていたのか、襖の開く音がする。

隊服に身を包んだ沖田が現れる。

「もう、時間なんだね」

「ええ」

桜夜は明里からの言葉を伝えた。

「分かりました」

そう言うと沖田は前を向いて歩き出す。

桜夜は部屋で静かに待っていた。

長い時間、ただ座っていた。

ふと頭の中で何かが弾けた気がした。

あ…山南さん…。

桜夜は一筋だけ涙を流した。

その後、一向に沖田が戻ってくる気配がない。

色々大変なんだろうな…。

しかし、夜になっても全く戻らない。

さすがに心配だよ…。探しに行こう。

屯所内を探し回るもおらず、庭へ向かう。

すると縁側に土方が立っていた。

ひじぃだ。何か見てる?

土方の視線の先には桜の木に寄り掛かり、月を見上げる沖田が居た。

総司…こんなとこに居たんだ。

桜夜は土方の隣に立った。

「稲葉…」

「ここに居たんですね」

土方が少し困った顔をした。

「体に毒だとは思うが、あのままにしておいてやりてぇ気がしてな」

それでひじぃはここに居てくれたんだね。

「そうですね…」

月明かりに照らされた沖田が強くも儚くも見えて桜夜は泣きたくなった。

「土方さん、ここからは私の役目だと思います。総司を見ててくれて有難うございました」

桜夜は土方に頭を下げると沖田の元へ歩み出した。

「キレイだね」

近付きながら声をかける。

「ええ」

月を見上げたまま沖田が答えた。

桜夜は沖田の隣に立つと、そっと手を繋ぐ。

「桜夜、泣いてるのですか?」

沖田が桜夜の手を堅く握り返す。

「うん」

総司が泣かないからね…。

「山南さんから桜夜に言伝てです。有難う と」

ポツリと沖田が話す。

「うん」

桜夜は沖田が部屋に戻ると言い出すまで手を繋いだまま隣に居た。
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