桜の下で ~幕末純愛~
「休んでる暇はない?誰のせい?」

桜夜は怒鳴る訳でもなく、静かな口調で話す。

「ピーチクパーチク口ばっかパクパクさせて、雛鳥って年じゃないでしょ」

陰で聞いていた沖田が吹き出す。

「あんた達、給金もらってんでしょ?口動かす前に手ぇ動かしなさいよ」

逆上はしないものの桜夜はすっかり頭に血が上っていた。

「誰に心がないって?そっちでしょ?化粧ばっか濃くして。パタパタお粉が目に入って、オメメが潰れちゃったんじゃない?だから肝心なトコが見えなくなんのよ」

今度は土方までクツクツと笑い出す。

近藤はポカンと口を開けていた。

「人が黙ってりゃいい気になりやがって。いつまでもスルーしてると思ったら大間違いなんだけど。いらねぇよ、あんた達」

―桜夜、スルーは分からないでしょう。しかもその口調じゃまるで土方さんですよ―

このままでは延々と続きそうだと判断した三人は揃って姿を現す。

そして近藤が口を開く。

「今までご苦労様であった」

柔らかくとも有無を言わさぬ口調。

「おい、稲葉。茶入れろ」

土方はジロリと女中達を睨む。

そそくさと女中達は逃げていった。

近藤が溜め息をついた。

「すまなかったね。考えなければと思ってはいたが、ここまで酷いとは」

桜夜は首を振る。

やっちゃった…。勝手に“いらねぇ”なんて言っちゃったよ。

しかもひじぃみたいな言い方だった?げぇっ。

総司に見られちゃったじゃん。あぁぁぁ…終わった…。

さっきまでの勢いがなくなりシュンとした桜夜を見て、沖田は我慢しきれなくなり大笑いを始めた。

「桜夜を怒らせるのは控えますよ」

笑いすぎて咳き込む始末だった。

それを見た近藤も土方も笑い出す。

桜夜は恥ずかしくて堪らなくなってしまった。

翌日から早速近藤は新しい女中探しに取りかかってくれた。

会津藩の協力も得て新しい女中は意外と早く見つかった。

「桜夜、今度はキレちゃいけませんよ」

と沖田にはからかわれたが、今度は仲良くしたいと少しだけ桜夜は期待した。
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