桜の下で ~幕末純愛~
庭の桜が満開になった頃の日曜日。

明け方、沖田が目を覚ます。

布団を丁寧に畳み、押し入れではなく、部屋の隅に重ねる。

―“その日”がきましたね―

すっかり我が家のようになってしまった稲葉家。

そのひとつひとつを確かめる様に端から歩いていく。

沖田は普段通りに朝食を済ませ、桜夜がバイトに出た事を確かめると自室となっていた客間に戻る。

箪笥の奥にしまってあった着物に着替え、刀を挿した。そして約束の竹刀を持つ。

―永かった―

リビングに着くと隅に竹刀を立て掛け、美沙子に声をかける。

沖田の格好を見た美沙子は驚き、悲しい目をした。

「そう…帰るの?」

「はい。お世話になりました。本当に善くしていただき、感謝しています」

沖田は深く頭を下げた。

「私は何もしていないわ。…桜夜が寂しがるわね」

「ええ」

―それだけが心残りです―

「総司くんが突然帰ってきたら皆さん、驚くでしょうね」

美沙子が笑う。

「そうでしょうね」

沖田も笑った。

「しかし、結局解りませんでした。私がタイムスリップした理由が…」

―解ったのは愛しいという感情。それだけです―

「きっと何か意味があったのよ」

そう言った時、庭から声がした。

「行くのか?」

哲也だった。

「哲くん…。ええ、桜夜を頼みますね」

沖田はそのまま哲也のいる庭に出た。

桜の木の脇に立つ―沖田が最初に現れた場所に。

どこからか風が吹き始め、桜の花びらが舞い始める。

花びらは沖田の足元から渦を巻きだした。
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