覚めない微熱だけ、もてあましながら
そして、グランドピアノの辺りだけが明るくなった。

まもなくして、奥の隅っこの方の黒いカーテンから若い男が出てきた。

平田まことだった。

愛子は、裕也に会った帰りの電車の乗り換えの連絡通路で、まこととすれ違ったことを思い出した。

まことは、周りのお客の方は見ようともしない。もちろん愛子や麻里や、みかにも気づいていない。無言で椅子に座り、突然ピアノを弾きはじめた。



“何だろう……とても心地よい感覚”



黒いスーツに少し長めの金髪、物憂げな横顔。



愛子は、右横から見るまことの姿に見入っていた。楽譜を見ないで弾き、時折、目を閉じて天を仰ぐ。

「ねぇ、まこと君ってみかと全然似てないよね」

「そうなのよ。って言うか、前にも同じこと言ってたよね、麻里」

「うん。だって本当に似てないんだもん! まこと君って超イケメンなのに、みかはさぁ」

「そのセリフも前に聞いたよ」

みかは呆れ顔でため息をつき、テーブルに頬杖をついた。
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