だから君に歌を
千夏はくだらない会話に盛り上がる二人とこれ以上関わりたくなくて、
トイレへと向かった。

「あ、30分になったら撮影再開するよー!」

カメラマンがスタジオを後にする千夏に向かって叫んだ。

その後の撮影は散々だった。
苛々して全く集中出来ず、だというのにカメラマンの口からは「いいねぇー」と、口先だけの褒め言葉がぽんぽん投げ掛けられ、
それが更に千夏をいらつかせた。

宮崎慎太郎はというと、
千夏の撮影の間中ふらふらと動き回り、
全然千夏の撮影には興味がないようだった。

そんな慎太郎が撮影終わりに千夏を待ち伏せていたのにはさすがの千夏も驚いたというか、
うんざりさせられた。

慎太郎はあろうことに、千夏の乗り込んだマネージャーの乗用車に乗っていた。

後部座席のドアを開けた瞬間慎太郎が「お疲れ様」と言ってシートに深く座り、千夏を出迎えた。

「どういうこと?」

千夏は慎太郎にではなく、運転席に座るマネージャーに尋ねた。

マネージャーは苦笑いで千夏を振り返る。

「あー、細川先生がどうしてもと言うので…」

マネージャーのちらりと見遣った視線の先には助手席で優雅に煙草をふかすカメラマンがいた。

「…」

千夏は乱暴にドアを閉めると窓を全開に開けた。

千夏は煙草の臭いが大嫌いだ。

そして特に、人に了承も得ずに所構わず吸う礼儀知らずな奴が1番許せない。
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