だから君に歌を
全身が金縛りに遇ったみたいに痺れた。

なんらかの反応をしてみせることもできない。

そんな千夏に慎太郎はふっと息を吐き出して「に、なれたらいいなー」と付け加えた。

「俺、姉ちゃんと京平ってかなりお似合いだと思うんだよな。京平に出会ったのは姉ちゃんと俺が二人で沖縄のばーちゃん家に遊びに行ったのがきっかけなんだけど、その時、俺と姉ちゃんの間にはいろいろ問題があって、でもそれが解決できたのは京平がいたからなんだ」

穏やかな微笑みをその顔に浮かべて慎太郎は千夏の空になったグラスに烏龍茶を注ぐ。

「姉ちゃんさ、ちょっと、男性恐怖症でさ、俺意外の他人の男には触れることができないんだけど、唯一京平だけは大丈夫みたいで、だから俺は姉ちゃんが京平と幸せになれたらって思うんだけど、京平の妹である君としてはどう?駄目?」

耳が痛かった。

「そ、んなの…」

駄目に決まってる。
許さない。
京平に、女だなんてそんなの、
それじゃあ千夏が何のために千雪を置いて来たのか、

「…駄目なんだ。やっぱ。何で?」

慎太郎は見透かしたように言って、
ごくりと烏龍茶を飲み干して自分のグラスを空にした。

「自分から京平と離れることを選んだ君に駄目なんていう選択肢はないと思うんだけど?」

とくとくと慎太郎のグラスにも烏龍茶が継ぎ足されてゆく。

「あ…たに、…がわかる…って…のよ」

渇いた千夏の唇から漏れる不鮮明な言葉に慎太郎は「え?」と、首を傾げた。

「あんたなんかに、私の気持ちなんかわからないっ!私がどんだけ、悩んで我慢して、我慢して我慢して我慢してっ!」

会いたいのを何度我慢して来たか。

持ち上げた受話器をどれほど必死で下ろしたか。

膨らむ自分の妄想に嫉妬して、
諦めて絶望して、
無駄な悪あがきを繰り返して、

それでも消えてくれない気持ちを抱えたまま今日までなんとか立って歩いて来たっていうのに。
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