だから君に歌を
「ニュースとかで騒がれてんのにこんなとこふらふら歩いて何してんの?びっくりしたよ」

千夏を引きずり込んだ犯人は慎太郎だった。

「あんた…」

「今から空港向かう所だったんだけど、家まで送るよ、家どこ?」

「家、は多分記者がはりついてるから、帰るの、嫌だ…」

千夏はサングラスを外してシートに頭を沈めた。

ようやく人混みから解放されて、
ほっと一息つく。

「仕事は?」

「…」

「もしかして、しばらく活動休止とか?」

千夏は悔しさに唇を噛み締めた。

「すいません、羽田までそのまま向かって下さい」

しばらくの沈黙の後、慎太郎はタクシーの運転手にそう告げて、ゆっくりとタクシーが走り出した。

空港に着いたタクシーは千夏達を降ろし、運転手がトランクから黒いボストンバッグを取り出して慎太郎に渡す。

「あんた、どこ行くの?」

「ん?実家。こっちにはちょっと遊びに来ただけだし、俺、普段は地元で撮ってるからさ」

「あ、そう」

慎太郎はごついデジタルの腕時計を確認し、
顔をあげた。

「何なら君も来る?うち、温泉旅館やってるから全然構わないよ」
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