だから君に歌を
運転席に座る人物の顔は見えないが、
慎太郎は中の人物に千夏の方を指差してなにやら話してから、
千夏に向かって手招きをした。

「何やってんの、早く乗りなよ!」

千夏は体を抱き抱えるようにして寒さから身を守り、車まで走った。

びしゃびしゃと足元の溶けた水とも雪ともつかないものが跳ね上がり、
千夏のブーツやデニムを汚す。

後部座席に飛び乗るとようやく暖かい空気が千夏を包んだ。

生き返る。

千夏がほっと一息つくと、突然運転席に座っていた人物が勢いよく千夏を振り返った。

奥二重のアーモンド型の瞳がじいっと千夏を見つめた。

その視線にドキリとする。

「え、ちょっ…と」

桜色の唇が動いたかと思うと、千夏とそう大して歳の違わないその女は興奮ぎみに助手席の慎太郎を振り返った。

「なに慎太郎っ!知り合いって、有名な歌手の子じゃないっ!!」

「ん?うん」

「うんじゃなくて!どーゆーことよ?」

「いいから姉ちゃん早く車出してよ」

千夏は呆気に取られて二人のやり取りを見つめた。

どうやら彼女が例の慎太郎の姉らしい。

長くて綺麗な髪の毛を揺らす彼女をどこかで見たことがあるような気がした。
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