だから君に歌を
「あの、どこ行くの?」

「洋服はクリーニングして送るから…」

本当に、
来るんじゃなかった。

「え?帰るの?」

「お邪魔してすみません」

これ以上亜紀の顔を見ていたくなくて、
千夏は逃げるように部屋を出る。

「ちょっと、待って!」

旅館の前に並ぶタクシーに乗り込もうとした千夏は亜紀に手を引かれた。

「待って、もう少し、ここにいて」

亜紀の顔には焦りの色が見え隠れしていた。

「何で?」

この女は、
苦手。

今までまともに女友達を作ったことのない千夏はこういう時、
ぶっきらぼうにしかできない。

亜紀は困ったように言い淀み、
けれど千夏の手はしっかり握ったままだ。

「空港までタクシーだと高いから、夕方には私が送っていけるし、だから、ね?」

必死になって千夏を引き止めようとする亜紀に千夏は嫌な予感がした。

「…何企んでるの?」

千夏の反応に亜紀はしどろもどろに「何も、企んでなんか…」と目を泳がせる。

「ただ、今は帰らない方がいいと思うの」
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