だから君に歌を
京平は一昨日の慎太郎からの電話について考えた。

慎太郎が千夏を連れて実家の旅館に帰っていると聞かされた時は驚いた。

仕事の現場で偶然会ったのだとか。

<何かさ、放っておくのもなんだし連れて来たんだけど、京平迎えに来ない?>

今がどういう状況なのか、知らないはずはないのに、慎太郎の口調には深刻さというものが微塵も感じられなかった。

テレビニュースや新聞で千夏が活動休止になったことは知っていながらも、
何もできずにいた京平だった。

慎太郎の電話にとりあえずの千夏の無事を知ることが出来てほっとしたものの、けれど京平はすぐに会いに行くと返答することができなかった。

以前の京平ならば迷わず、その日のうちにでも飛行機で向かっていたはずだ。

がしかし、
今の京平にはできなかった。

千夏の自分に対する想いが、兄へのそれではないと香織から聞かされて以来、
身の振り方がわからなくなった。

どう接するべきか、
このまま静かに離れていた方がお互いのためになるのではないか。

色々な葛藤に身動き取れず、八方塞がり状態で、
千夏を守るという自らの誓いさえ貫き通す自信がなくなっていた。

<…京平はあの娘の気持ちに気がついてる?>

そんな慎太郎の問いかけにも何も答えられないで電話を切った。
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