だから君に歌を
電話が鳴ったのは東京を離れて四日目のことだった。

すぐにでも旅館を去りたいと思っていた千夏だったが、何故だか四日も宮崎旅館に滞在してしまっているという今の状況に千夏自身不可解に思いつつも、
出ていけないのは亜紀の存在にある。

千夏は久しぶりのコール音に、
緩慢な動作で電話に出た。

<千夏か?お前今、どこにいるんだ?アパートにはいないそうだな。晶が心配してたぞ>

相手は翔だった。

「ちょっと、東京離れてる…」

<そうか、無事ならいい。目立つようなことしてないよな?>

「うん、大丈夫」

<…わかった>

しばしの沈黙が辛い。

「あの、バンドの皆はこれからどうなるの?」

ずっと気になっていたこと。
千夏以外のメンバーに非はない。

<ああ、何かな、別の所から声かかったり、してるみたいだ。まだ誰も返事してないけどな、それにまだ…>

翔はいつになくはっきりしない話し方をした。
彼でもやはり、
悩んだり、わからなくなることがあるのだ。

<まだどうなるかわからないしな>

「だといいけど」

二人が言っているのはバンドの継続の可能性だ。

限りなくゼロに近いけれど諦められない。

他のメンバーはともかく、千夏はこのバンドでしか歌を続けることはできないだろう。

誰も引き受けてはくれないし、
ソロなんかやっていけない。
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