だから君に歌を
温泉旅館がずらりと立ち並ぶ通りをひたすら歩き、
ぽつりぽつりと建物が減り始めた所で千夏は寒さから逃げるように電話ボックスに駆け込んだ。

携帯電話の普及と共にあっという間に姿を消していった電話ボックスは、
見つけるのが難しくなっていた。

今の天候には相応しくない薄手のトレンチコートを亜紀から借りたニットワンピースの上に羽織っただけの千夏の身体はもう充分に冷え切っていた。

電話ボックスの中に入れば吹雪からは逃れられるものの、
凍てつくような寒さは変わらない。

千夏はガチガチと歯を鳴らしながら、
寒さで自由のきかない手を懸命に動かし、電話帳を探った。

分厚いそれをめくり、必死に名前を探す。

中原、中原…

中原なんてそう大して珍しくもない名字はたくさん並べられていた。

せめて、
隆の住んでいる市町村がわかれば大分絞り込めるのに。

探してどうするつもりなのか、自分でもよくわからなかった。

けれど、
歌う道も閉ざされた。
京平にも自分の異常とも言える気持ちを知られてしまった。

慎太郎や亜紀の世話になるのももう嫌だ。

千夏には行き場がなかった。

助けて、隆…。
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