だから君に歌を
「やめて、」

唇が触れ合うぎりぎりの所で千夏は顔を背けた。

そのまま京平の唇は千夏の耳に触れる。

「…千夏?」

京平が驚いた顔で千夏を呼んだ。

「なんでそんなことするの?無理して、ガチガチになって眉間に皺よせてまで我慢してそんなことしないで」

そうだ、私、
死ねなかったんだ。

「千夏俺は我慢なんか、」

「してるよ。だって京平、私にキスなんてしたいと思ってない。なのにどうして?私が死のうとしたから同情した?」

京平の顔が凍り付いた。

綺麗な曇りのない京平の瞳から涙が零れた。

「ちな、」

「私にキスをする京平なんて、京平じゃない。私のお兄ちゃんはそんなことしない、だから、」

京平の震える息が空気を振動させた。

「そんなことをするお兄ちゃんを好きになったんじゃない…」

痺れるような痛みは怪我のせいかそれとも。

「じゃあ俺、どうしたら…」

「…わかんないよ、そんなの」

だから死にたかった。

京平の涙は次第に全身を震わせる程の号泣に変わっていった。

京平の泣きじゃくる姿なんて、初めて見る。

千夏がいるのは薬品の香りが漂う病室だった。

吹雪の中の電話ボックスで、千夏は絶望を知ったのだった。

逃げ道なんてないのだと。

それを千夏に教えてくれたのは、

隆の最愛の妹。



中原皐月



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