だから君に歌を
降り立ったそこは、
誰もいない、風の強い場所だった。

バスは扉を閉じて走りだす。

千夏は風の吹いてくる方向へと足を進めた。

足の指まで氷のように冷えて痛くなっていたけれど、我慢して歩いた。

松林の向こうに見える水平線。

振り返ると雪の中に点々と千夏の足跡だけが続いていた。

甲高い女の人の叫び声のような風の音がこだまする。

途中、電話ボックスが立っていた。

その電話ボックスには自殺者への警告文章がでかでかと掲げられていた。

千夏はここがどこなのかわからずに来たのだけれど、千夏にはぴったりの場所だったようだ。

電話ボックスを通り過ぎて更に進むと切り立った崖の上に出た。

まるで高層ビルのてっぺんにいるような高さ。

下は剥き出しの岩肌と打ち付ける激しい波。
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