だから君に歌を
生きた心地がしなかった。

もしかして、
このまま千夏は目覚めないんじゃないかと。

永遠に、
千夏が動いて、喋って、ギターを抱えて歌うことは、

ないんじゃないか。

そんなことさえ考えてしまう程、
千夏が目覚める気配は無かった。

「京平、少し休まないと倒れるよ」

ベッドサイドでかじりつくようにして千夏の顔を覗き込む京平に、
慎太郎がペットボトルのお茶を差し出した。

「俺、交代するから少し休めば?」

「あー。いや、いい。もうちょっとここにいたいんだ」

受け取ったペットボトルをベッド脇のチェストの上に置いて、京平が形だけの笑顔を作って見せると、突然慎太郎が直角に腰を折り、頭を下げた。

「ごめんっ!」

いきなりの謝罪に京平はびっくりして目を見張った。

「俺、余計なことして千夏さんを追い詰めた!!こんなことになって、本当、謝って済まないかもしんないけど、ごめん!!」

慎太郎と千夏との間で取り交わされたのだという賭については、
すでに昨日亜紀から聞かされていた。

そのままの姿勢で顔を挙げようとしない慎太郎の肩に京平は手をかける。

「頭、挙げてくれ」

それでも慎太郎は頭を挙げなかった。

「お前は悪くない。お前が何もしなくても、結果は同じだった。俺が、全ての元凶なんだ」

「でも、」

「だから、千夏が目覚めたら俺は…千夏の全てを受け入れる」

「!?」

慎太郎の顔が瞬時に起き上がり、
驚愕の眼が京平を見つめた。

「それって、…できるの?」

慎太郎の言いたいことはわかる。けれど、

「それしか、方法が見つからない」

「俺が言えた義理じゃないけど、簡単じゃないよ」

「ああ、覚悟してる」

京平の心にもう迷いはなかった。

無かったはずだった。

…のに。
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